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夏の憂鬱
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じめじめとした梅雨が到来した。

屋外での仕事が比較的多い明神としては降雨はあまり嬉しくない。ついでにここを乗り切った後にくる夏もあまり好きではなかったりする。

冬生まれだから夏の暑さが苦手とか。

それでなくても暑苦しい湿気が嫌いだとか。

苦手な理由を挙げたら切がないのだが、なんと言っても一番の理由は、



「明神さん、何してるの?」



・・・・・・これだ。

上から覗き込んでくる姫乃に明神は曖昧に笑って答えた。

「いや、ちょっと・・・・・・暑くて、さ」

最近、姫乃の服装がやけに露出度が高くなっているのだ。まぁ、この暑さを考えれば仕方ないとは思うのだけど。

・・・・・・それにしても今日は一段と、その、・・・・・・なんだ。

キャミソールの上にレースのカーディガンらしきものを羽織っているが、ざっくりと編まれた糸の隙間から白い肌が露骨に見える気がする。どうでもいいが下にはいているその短パンみたいなのは何だ、短すぎじゃないか?

「あー・・・そうだね。フローリングの床に寝そべってると気持ちいい?」

前屈みに姫乃が顔を近づける。これでもかというくらいぱっくりと開いている胸元は艶かしいような白い肌。

「きも・・・・・・ちはよくない。汗はかくし」

「えー、じゃあなんでそこに寝転がってるの?」

首を傾げれば、白い首筋がくっきりと浮かび上がった。さらりと流れる黒髪が更にそれを際立たせる。

「まぁ、なんとなく。・・・・・・気分?」

こっちの冷や汗に気づいている様子もなく、姫乃は「そっかぁ」とのんきに笑った。つられて明神もぎこちなく笑ってみたが、心の内は嵐の真っ只中そのもの。

------なんでそんな露出度高いのかな、最近の女子高生は。

------その上警戒心低いしっ。見えそうで見えな・・・・・・いや、見えちゃだめだろ。

------そんな格好しているとへんな男に襲われちゃうんだぞ、脳天気に笑ってる場合じゃないんだぞっ。

内心どんなに叫んでも、姫乃にそれが伝わるわけはなく。思わず心の中で盛大な溜息をついてしまう。・・・・・・去年はまだ何かしら緊張するものがあったんだろう、ここまで露出は酷くなかった記憶がある(去年も同様だったら今現在こんなに動揺しているはずがない)。それが1年経過したらこの有様だ。

男として見られていないのか、はたまた家族みたいなものだから平気だと思われているのか。そうだよなー、いくら寒いからって後ろから抱きかかえるようにしてコートの中に入れてやっても平気そうだったしなぁ。自分に突っ込みを入れつつ明神は軽く凹む。・・・・・・ということは、既に半年前から手遅れだったってことか? 俺ってもしかしなくても対象外?

どっちにしても青春真っ盛りな青年の明神にとってはある意味拷問に等しいこの状況が変わるわけではない。

できるだけ姫乃を直視しないよう目を逸らしつつ、明神はできるだけ当たり障りのなさそうな話題を振ることにした。

「そういや、えっちゃんと図書館で勉強するとか言ってなかったっけ?」

「行ってきたよ? ・・・・・・明神さん、もう4時になるんだよ、一応言っとくけど」

昼から図書館で勉強して、夕飯の買い物をするために一度帰ってきたの、と姫乃は笑った。そういえば窓越しに見える日も随分と傾いていた。暑さでだらだらしている間に随分と時間が経っていたらしい。そうすると5時間以上も寝てたのか。・・・・・・流石に寝過ぎだろ、自分。

「・・・・・・買い物、行くの?」

「うん、そのつもりなんだけど。・・・・・・明神さんも来てくれる?」

「あー、行く。ほら、荷物持ちに・・・・・・」

つい普段のように明神は姫乃の方に振り返ってしまった。当然のように視界に入る彼女の姿。・・・・・・しまった。

「あー・・・・・・」

「ん? なに、明神さん」

「行く前に、その・・・・・・着替えた方がよくない?」

きょとんとした顔で姫乃が首を傾げる。

「え、変かな? この服」

「変ってわけじゃないけど、ほら夕方寒くなるし」

「残暑で暑いくらいだと思うけど・・・・・・」

「スーパーの中は寒いだろ、ほら冷房ガンガンだし。だから上着と、その・・・・・・下ももうちょっと長めのスカートとかにするとか」

------なにより、俺の理性が持ちません、桶川サン。

少し不服そうな顔をする姫乃から必死に目を逸らしながら、明神はさっき見てしまった白くて柔らかそうな胸元とショートパンツからすらりと伸びた白い太腿の残像と必死に戦っていた。あぁ、これは目の毒だろ。絶対に致死量の毒だって。・・・・・・俺を殺す気なのか、ひめのん。

はぁ、と小さく姫乃が溜息をついた。ちらと横目で見れば少し肩を落とした彼女。

「わかりました。じゃあ着替えてくるから、明神さんここで待ってて」

「あ、あぁ。大人しく待っておりますデス」

ぱたぱたと軽い足音を立てて自室に戻る彼女の背中を見送って、ようやく明神は大きく息を吐いた。





「えっちゃん、だめだったー。作戦失敗だよぉ」

部屋に戻るやいなや、姫乃は携帯に飛びついてリダイヤルボタンを押していた。名づけて『管理人さん籠絡しろ!キャミとショートパンツでイチコロ作戦』の作戦本部長(本人命名)のえっちゃんに現状報告するために。

『え、駄目? やっぱ姫乃のボディじゃ魅力感じないのかなー』

「そんなぁ〜〜〜〜っ」

『一応、管理人さんも大人だしなぁ。やっぱボンキュッボンって感じじゃないと駄目なのかも』

電話越しの友人ははっきりあっさりと言ってくれる。着替え用のスカートを手にしたまま姫乃はその場に崩れ落ちた。

『で、どうすんの?』

「どうって・・・・・・、着替えて買い物行ってくるよ」

『普通に? それじゃ意味無いじゃないー。あ、そうだ。どうせ着替えるならこの前買ったスカート、あれにしなよ』

「え、この前って・・・・・・えーーーっ、あ、あんなのっ、無理むりむりムリっ!!!」

『いいじゃない、せっかく買ったんだし。着ないと勿体ないよ!』

「でもでも、あれって・・・・・・もっと大人っぽい人じゃないと似合わない気がするんだけど・・・・・・」

『あれくらいのスリット、普通だってば』

普通なのか、膝上25cmくらいはあるスリットって・・・・・・。確かに店員さんも「男の人はこういうの好きよ」とか言ってたけど。うーん、でもなぁ。

『じゃあ作戦第二弾! がっつりスリットで管理人さんを悩殺!』

「の、悩殺って・・・・・・っ」

『ほらほら、早く着替えて行かないと。管理人さん待ってるんじゃないの?』

そうだった、と姫乃は慌てて時計を振り返った。・・・・・・しまった、もうこんな時間じゃない!

『ちゃんとあのスカート履いていくのよー』

随分と楽しそうに電話を切ってくれた友人の事は後回しにして、姫乃は急いで着替えの準備をする。例のスカートは確か・・・・・・まだ袋からも出してなかったはず。

「おーい、ひめのん。着替え、まだかかりそう?」

階下から明神の声が聞こえる。慌てて姫乃も「すぐ行くー!」と返事をすると、覚悟を決めたように紙袋から蒼色のスカートを取り出した。あぁ、色鮮やかなグラデーションがまぶしすぎる。

------で、でも、やるしかないっ! 頑張るのよ、姫乃!



その後、別の意味で悲鳴を上げそうになった明神がのたうち回っているのを、エージとツキタケは生暖かい目で見守ることとなった。

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