novel
ガラス玉
TOP > novels >ガラス玉

いつもの昼下がり。いつもの公園。エージは少し捩れたバットで素振りをしていた。姫乃の高校は今中間試験のまっ最中なので野球部の活動も当然休止中。仕方なくアズミのお守りの傍らに自主練習に励んでいるというわけだ。思いっきりバットを振り回しても他人(というか生者には)ぶつからないので文句も言われない。その点だけは陽魂のいいところだろう。

「・・・じゅうきゅ、にひゃーくっ」

よし、1セット終了。次は投球練習でもすっかなーと手にしていたバットをボールに切り替えながらエージは辺りを見回した。もちろんアズミの居場所を確認するためだ。目を離した隙にあの幼児はあちらこちらとふらふらするので、半ばこれはエージの習性になっている。

「アーズミー、どこだー」

「・・・・・・こっちー!!!」

こっちってどっちだよ。とりあえずは声が聞こえる範囲にはいるということは分かった。きょろきょろしながら声のした方へ歩いていくと、丁度ベンチの影あたりにぴょこんと赤い服の裾が見え隠れするのを発見した。彼女の後ろに回ると、何かを必死に覗き込んでいるらしい。・・・・・・なんだ、あれは?

「何見つけたんだよ、アズミ」

「これっ! エージ、これキレイなの」

アズミの小さな手が指し示す先には、誰かが落としていったらしいビー玉が3つ転がっていた。中には赤やら青の模様が入り、太陽の光を反射してきらきらと光っていた。エージはアズミの隣に並んでしゃがみこんだ。

「へぇ、ビー玉じゃん」

「びぃだま?」

「あぁ。えーっとな、ガラスでできたボールで転がして遊ぶんだよ」

最近はビー玉遊びなんてやっている子供をそう見かけないが、エージは妹がやっていたので知っていた。彼はたまに妹の遊び相手もしてやるいい兄貴をしていたのだ。

「これ、アズミも遊べる?」

「遊べねぇだろ。ビー玉触れないんだから」

「えーーーっ、アズミもビー玉で遊びたいぃ!!」

「遊びたくても触れねぇもんは触れねぇんだって」

ほら、とエージは転がっているビー玉の一つを指で弾く。指先はビー玉をすり抜けて空を切った。当然だ、彼は魂だけの存在なのだから。そしてそれはアズミも同じこと。むぅっと膨れるアズミの頭をエージはぽんぽんと撫でてやった。

「見るだけで我慢しとけ、な?」

「でも、アズミ遊びたい・・・・・・」

「だから何遍も言ってるだろ? 俺たちじゃ触れな・・・・・・」

「だってこんなキラキラしてキレイなのに! エージ、アズミビー玉で遊びたいよぉ!! キラキラしたの欲しいっ」

普段はこういった我侭をあまり言わないアズミが珍しく食い下がってきた。やれやれ、とエージは肩を竦める。女ってどうしてこうキラキラが好きなんだろうな。宝石みたいだからか?そういやそんな事あいつも言ってたっけ。そう思ってエージはまた妹のことを思い出した。・・・・・・まったく。

「絵本読んでやるんじゃダメか?」

「やだぁ、アズミ、ビー玉欲しい・・・・・・」

もう涙目になっているアズミを見下ろして、エージは小さくため息をついた。子供を甘やかすのは良くない。良くないんだよな、そうテレビで言ってたし。けれど、泣いている幼児に勝てる奴なんているのか?いないだろ、実際。少なくともうたかた荘で泣いてるアズミに勝てる奴なんか一人もいないのだ。・・・だからこれは仕方ない。

エージは手にしていたボールをそっと両手で包んだ。明神に教わった「霊体がモノを作り出す」方法に沿って頭でイメージを固める。

−−−おにいちゃん、と幼い妹が小さな手で持ってきた色とりどりのビー玉。少しひんやりとしたガラス玉。お互いをぶつけるとカチンと乾いた音が響く。

うまくいかないよ、と小さな指で必死にビー玉を弾こうとする妹。自分が軽く弾いてやると手を叩いて喜んでいたっけ。いつも自分の後ろを着いて来た小さな妹を思い出してエージは少し笑った。

そおっと手渡された青く澄んだガラス玉。これはおにいちゃんにあげるね、と一番キレイな色のやつをくれた妹。・・・・・・そうだな、あれは本当にキレイな色だった。キレイなキレイな空の色。

−−−サンキュー、真知。

あの時は照れくさくて言いだせなかった礼を思い出せる最後の妹の姿に告げて、エージはゆっくりと手を開いた。・・・・・・そこには小さな空色のビー玉がのっていた。

わぁぁっ! と歓喜の声を上げるアズミの小さな小さな手の上にそれを転がせてやると、エージは言った。

「一個が限界な、オレそれしか覚えてねぇし」

「すごい、すごーーいっ!キレイだね、すっごいキレイ! エージありがとう!!!」

ビー玉ひとつでは遊ぶことはできないのだが、アズミはその一つだけで大満足の様子だ。すごく大切なものを扱うかのように両手でそれを包み、顔を近づけたり中を覗き込んだりしている。エージの作り出した「現実のものではない」それも、太陽の光を浴びてきらきらしていた。

「なくすなよ? もうオレ作れねぇからな」

「うん、アズミ絶対大事にするっ! だってエージが作ってくれたんだもんね!」

ぎゅっとビー玉を握り締めてアズミはにっこりと笑った。それを見てエージも作ってやれてよかったなと思った。・・・・・・もう一度やれと言われても到底難しい気がするけど。無邪気に笑うアズミはうたかた荘に帰ってからもずっとご機嫌なままだった。



その後、頸の伝導により形あるものに霊であるエージたちも触れることができるようになったが、アズミのビー玉はエージがつくってくれたそれ一つだけだった。そいつはアズミの玩具の宝石箱の中に今も大切に保管されている。

| top |