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日常+2
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お盆の時期が近づくと、当然のように案内屋の仕事も増えていく。
明神の後を継ぐべく修行の日々を送っているエージも、近頃は彼の仕事についていくことが多くなった。少し前までは「まだ危険だ」と止められていた方なので、それなりに修行の成果が実を結んできたということだろう。
しかし、エージが明神の仕事に随従するということは、その分うたかた荘にいる時間も短くなるということでもある。しかも夕方から夜にかけての仕事なので、学校から戻るや否や明神と共に家を出てしまう上、体力の消耗も激しい所為か、たまにうたかた荘にいる間も大抵自室で寝ていることが増えた。結果的に、うたかた荘の住人と顔を合わせる時間はがくんと減ることになった。
そうなると、当然機嫌が悪くなるのはアズミだ。

「あー・・・・・・、アズミ、夏みかんゼリー食べないの?」

卓袱台に並んでいる3つのゼリーは姫乃が職場で貰ってきたもの。アズミの好物だからと食後に出されたのだが、肝心のアズミはそれに手をつける気配もない。何となく理由は察しているツキタケだったが、とりあえず冷えているうちに食べることを勧めてみた。しかし、返答は一言。

「エージと一緒に食べる」
「・・・・・・そのエージはさっきから爆睡してて全く起きる気配ないんだけど・・・・・・」
「いいのっ、アズミ、エージと一緒に食べたいのっ!」

頑として譲らない少女はほんの少し涙目になっていた。唇を噛んで俯いている姿が何ともいじらしくて、ツキタケは慰めるように彼女の黒い髪を軽く撫でてやる。さらさらと指の間をすり抜けていく黒髪。幼い頃から何度こうやって彼女の頭を撫でてやったろう、とツキタケは思う。
いつでもエージの後ろを付いて回っていたアズミ。たまにエージを見失っては泣いて家に帰ってくる彼女を慰めるのはツキタケの役目だった。血は繋がらないけれど妹のように可愛がってきたアズミ。同様に歳近い兄弟のように過ごしてきたエージ。いつの間にか擬似兄妹から恋人同士になった二人を、半ば強制的とはいえ見守っていたツキタケとしては、現在の状況は心中複雑でならない。
エージが案内屋を目指しているのは子供の頃からの夢であるし、アズミがどれだけエージのことを好きなのかも痛いくらい知っている。お互いどこか妥協しなければならないのだろうが、そうさせる時間も余裕も彼らにはない。
青臭い青春ってやつだよねー、と内心で呟いた。

「でもさ、せっかくねーちゃんが冷やしてくれたんだし、ちょっとだけ食べようよ」
「でも・・・・・・」
「どうしてもエージと食べたいなら、アズミの分は取っておきなよ。オイラの分を半分あげるから」
「・・・・・・いいの?」

申し訳なさそうに言うアズミに、ツキタケはもちろんとにっこり笑う。
いつも元気な妹分がこう沈みっぱなしではツキタケだって堪ったものじゃない。手早くゼリーの蓋を剥がすと、用意してあったスプーンごとアズミに渡そうとしたのだが、彼女は雛鳥みたいに大きく口をあけて待っていた。
仕方ないなぁと思いつつ、ツキタケはゼリーを一口分掬い取って彼女の口元に運ぶ。

「はい、どーぞ」
「あーん」

ぱくっと満足そうに食べる様子を見る限り、よほど食べたかったんだろう。不当なお預けを食らっている(一方的にアズミが待っているだけなんだが)彼女にもう一口、とゼリーをつついたところで、不意に声をかけられた。

「・・・・・・・・・なにやってんだよ、お前ら」
「あ、エージっ! 起きたの?」

嬉しそうな声を上げるアズミとは対照的に、エージは気だるそうにぼそりと言った。

「お前らがうるせぇから起こされたんだよ」

少し寝癖のついた頭をがしがし掻きながら戸口に立っているエージは、不機嫌そうな顔をしてこちらを一瞥すると、すたすたとソファに向かいどっかりと座った。眠そうに欠伸をする様子からして、まだ相当眠そうだ。
だったら自室で寝直せばいいのに。ツキタケは思った。騒がしくて眠れないというなら耳栓するという手もあるだろう。何もわざわざ騒音の音源地に足を運ばなくても。と、そこまで考えて、ふと思い当たった。
傍らにいたアズミはゼリーとスプーンを持ってエージの隣にちょこんと座った。

「エージ、ヒメノがゼリーくれたんだよっ。一緒に食べよう!」
「あぁ? いいよ、オレ甘いの好きじゃねぇ」

エージのつっけんどんな態度にもめげず、アズミは尚も勧めている。

「えー・・・、でもそんなに甘くないよっ、夏みかんの味だし」
「いらねぇって言ってんだろ、ツキタケと仲良く食ってればいいじゃねぇか」

ぎろっとこちらを睨むエージの表情で合点がいった。寝起きの不機嫌だけではなさそうな態度からして、おそらく自分の憶測は誤っていないだろう。
要するにエージは妬いているのだ。自分の知らないところで仲良くしているツキタケとアズミに対して。まぁ、兄弟みたいに育ったとはいえ、自分の彼女が他の男にデザートを食わせて貰っている図は喜ばしいものではないだろうが。
ならば、とツキタケはニヤリと笑ってアズミの隣に腰を下ろす。

「エージいらないってさ。アズミ食べちゃいなよ」
「えー、でも・・・・・・」
「ほら、またオイラが食べさせてあげるからさ」

ね、とアズミの肩を引き寄せると、エージの顔がひくりと引き攣った。それを横目で見つつ、更に彼女を抱え込んだまま山吹色のゼリーを食べさせようとしたところで予想通りにエージが切れた。

「おいっ、ツキタケ!!」
「何だよ。アズミにオイラと仲良く食べろって言ったの、エージだろ?」
「だからってそんな食い方する必要ねぇだろっ!」
「仲良く食ってるだけじゃん。なぁ、アズミ?」

ニヤニヤと笑うツキタケと怒り最高潮のエージに挟まれ、アズミはきょとんとした顔で二人の顔を交互に見上げている。この様子だと、どうしてエージが怒っているのかも分かっていなそうだ。やはりというか、何というか、
「エージもやっぱり食べたくなった?」
などと的外れなことを言い出したので、ツキタケは思わず噴き出した。

「・・・・・・違うの?エージ、食べたくない?」
「それは・・・・・・っ」

しどろもどろになる自称『クールで最強』な案内屋見習い。それを無垢な目で見上げるアズミ。その構図が何とも面白くて肩を震わせて笑っていると、この状況に耐えられなくなったらしいエージが盛大な舌打ちをしてアズミの腕を取る。力任せにぐいとひっぱり倒れそうになったアズミを抱え上げ、改めてソファに座らせた。もちろん、エージの真横にだ。

「・・・・・・エージ?」
「あのな、オレは甘いもの苦手なんだよ」
「う、ん・・・・・・」
「だからっ、一口二口食えば十分なんだっつーの」
「・・・・・・え?」
「残りはアズミが食え。・・・・・・・・・・・・だったら、オレも少し食べる」

顔を真っ赤にしつつぶっきらぼうにそう言ったエージの隣で、アズミの表情がぱぁっと明るくなる。

「うんっ! じゃあアズミ食べさせてあげるっ」
「はっ?! いや、そこまでしなくてい・・・・・・」
「じゃあオイラに食べさせてよ、アズミー」
「おめぇは口を挟むんじゃねぇー!!」

ぎゃいのわいのいいつつ、結局はアズミを真ん中に仲良く三人でデザートタイムと相成った。一つのスプーンを使い回しながら、久しぶりにエージとの時間を楽しんでいるアズミの笑顔をツキタケは微笑ましく見守る。
可愛い妹分の笑顔は嬉しいものだ。それはエージも同じらしく、いつもよりも柔らかい表情で笑っている。
うん、良かった。やっぱり彼らはこうでなければ。

「またエージが構ってくれない時にはオイラがたっぷり相手やるからなー、アズミ」
「・・・・・・・余計なお世話だっつーの」
「はい、エージ。あーん」

甘くてくすぐったい幸せな時間は、もうしばらくの間続いた。結局、三人で居るのが一番楽しいらしい、とツキタケは内心で笑った。

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