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Still I'm with You
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雪乃は3人分の洗濯物を干し終え、そうして玄関から上がり框に足を乗せたところでそれに気がついた。使い古されたソファの上には、これまた使い込まれすぎてところどころ傷んでいる黒いコートがぞんざいに投げ捨てられていた。雪乃はそのコートをそおっと拾い上げる。襟首も袖口も思っていた以上にぼろぼろだった。色が黒いので分かりにくかっただけで、よく見ればあちらこちらと不器用に修繕もされていた。まぁ無理もない。明神はいつだってこれを着て陰魄と戦っていたのだから。その頼もしいばかりの背中を雪乃は今でも鮮明に覚えている。

ソファに腰を下ろし、そのコートを丁寧に広げる。傷んでいる箇所をひとつひとつ指で触れ、慈しむ様にそっと撫でた。綺麗に当て布が施されているところはおそらくは明神がやったのだろう。あの人は意外に細かいこと作業が得意だったから。対照的にざっくりと縫いとめられているところは冬悟さんがやったのかな。あの子はあまり縫い物は得意そうに見えないし。

くすくすと笑いながら、雪乃はコートの背衣にそっと頬を当て、そしてゆっくりと目を閉じた。

今は所有者が変わったそれも、肌触りはあの頃のままだった。もうあの頃のような煙草の臭いはしない。その代わり、少しだけ埃っぽい太陽の匂いが残っていた。


------幸せにしますよ。あなたも、姫乃ちゃんも。

そう言って微笑む男に少しだけ心が軽くなったあの日。

------俺が守ります。・・・・・・絶対に、何があっても。

そう言って肩を抱く男の胸に何もかもを預けてしまいたくなったあの日。


彼の手は大きかった。包まれた腕の中は暖かかった。・・・・・・頬に触れた指は少しだけ震えていた。


結局、雪乃はパラノイドサーカスに魂を奪われ自由を失ったが、一人娘の姫乃は彼と彼の意思を継ぐ者によって守られていた。それだけでも十分嬉しかったが、こうやって再び娘と穏やかな生活を送る願いも最終的には叶えられた。

『無縁断世』の宿命から、確かに『明神』は守りきってくれたのだ。彼は約束を違えなかった。

「・・・・・・でも、あの約束だけは守ってくれなかったのね」

まぁ、そういうところは貴方らしいのかしら、と呟きながら、雪乃は手にしたコートを大事そうに抱えて二階へ向かった。・・・・・・大雑把な修繕ではすぐに綻んでしまうし。


今度修繕する必要があるときは自分か姫乃に言うようにと冬悟さんに言っておかねば。なんせこれは雪乃にとっても大切な『明神』のコートなのだから。

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