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C'est La Vie
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休日の渋谷は芋を洗うような混雑振りだった。周囲に比べ頭一つ分ほど抜きん出た長身のおかげで見たくもないような人の頭の波が目前に広がっている。・・・・・・確かに波だ。これは黒い海といって過言じゃないだろう。駅前のスクランブルは信号が変わるたびに細波を起こしている。

黒いコートを翻しながらそれを掻き分けつつ、ふと明神は思った。休日にしてもこの混雑は異常じゃないか? そうして波の一つ一つに注目を集めると、やたらカップルが多いことに気がついた。よそいきのお洒落した若者が行き交い、街中もそこかしこに装飾が施されていて、どこの店からも同じような音楽が流れてくる。・・・・・・この曲なら知っている。あぁ、そうか。

そこまでしてようやく明神は今日という日を思い出した。

「・・・・・・クリスマス、だったか」

黒いサングラス越しに見える華やかなネオンランプに彼は目を細めた。道玄坂には赤と金の光に彩られた街路樹がキラキラと輝いている。そんなことにすら男はまったく気づいていなかったのだ。

このところの忙しさに感けて今日の日付も覚えてなかった。もうすぐ年末だとは思っていたが、もうそんなに年の瀬が迫っていたとは。

花屋の店先に並ぶポインセチアの隙間から顔を出していたクマのぬいぐるみを見て、小さな女の子の事を思い出す。・・・・・・せっかくのクリスマスなんだからプレゼントの一つでも持っていってやれば良かったな。今年も片田舎の限られた場所でひっそりと暮らす母娘を思って、明神はどんよりとした空を見上げた。・・・・・・雨でも降りそうな天気だ。この寒さなら雪が降るかもしれない。あちらはどうだろう。山裾に近いあの村なら、もう雪がしんしんと降っているだろうか。そういえば姫乃ちゃんは雪が好きだったな。また窓に張り付いて喜んでいるかもしれない。今年も一人で雪玉を丸めて小さな雪だるまを作っては母親に見せてあげてるのだろうか。

幼い少女の笑顔を思い、やっぱり明日にでもあちらに顔を出しに行こうと明神は思った。せめて楽しい思い出が一つでも増やせればいいじゃないか。まだあんな幼い子なのに、たった一人傍にいる母親と遠出することすらできないのでは寂しすぎるだろう。

雪乃の中にある無縁断世の力は日増しに強くなっていく。張り巡らせた結界が持たなくなる時もそう遠くないだろう。姫乃に力の半分を分けたとはいえ、その能力には際限が見えない。・・・・・・おそらくは限りなど無いのだろう。分かっていたこととは言え、どんどんと活動範囲を狭められていく雪乃を見るのは正直辛かった。

・・・・・・ひどい話もあったもんだ。望まない能力に自由を奪われる宿命なんてナンセンスも甚だしい。だからこそ彼女が『活岩の鯨』に身を潜めることを拒絶したときに明神は真っ先に賛同したのだ。それなのに、結果的には行動範囲をどんどんと削っていくしかない自分の不甲斐なさが腹立たしかった。

無茶をお願いしているのはこちらなんですから、と彼女は笑うけど、本当は娘と一緒にあちこちと出歩きたいだろう。まだ成人して数年しか経ってないような若い女性が田舎にずっと引きこもっているのも寂しいだろう。

ただ、彼女に普通の生活をさせてあげたい。たったそれだけのことがこんなにも難しい。

せっかくの聖夜なんだから、神様も粋な計らいしてくれてもよさそうなもんなのになぁ。そう思いながらも、明神はあまり神様というものを信用していない。もし神がいるのなら無縁断世の存在そのものを消すべきだろう。案内屋として明神の名を継いでいるが、神への信仰は必須事項じゃない。・・・・・・だから明神は神を信じない。

ふらふらと浮き足立った街中を抜け、見つけた一軒の雑貨屋で明神はクリーム色のテディベアと、散々迷った挙句に小さな髪留めを一つ買った。

「姫乃ちゃんだけにプレゼントじゃ不公平だもんな」

後付みたいな理由を自分に言い聞かせ、二人分のプレゼントを抱えて駅へと向かう。・・・・・・最終電車に乗ってしまおうか。そう思って、すぐに向こうに着くのは夜中になってしまうと思い直した。それに、少し落ち着かなければ。この浮き足立った気持ちのまま彼女に会うのはダメだろう。・・・・・・そうだ、だめだ。まったくもってありえない。

自分はあの人の幸せを守るだけの存在だろ?

ならば、こんな浮ついた気持ちを気づかれてはだめだ。案内屋としてすべきことは、無縁断世を保護することだけ。ただそれだけだ。

・・・・・・それ以上の何を望むというのだ? なぁ、明神勇一郎。

自嘲ぎみの笑みを浮かべ、男は駅へと向かう。


結局、二人の元にプレゼントを届けにいったのは翌日のことだった。

それが明神に出来る精一杯のことだった。

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